2010年9月14日火曜日

イェール大学ロースクール (4)- ニューヘイブンの歴史

先日のロースクールの「ニューヘイブンの歴史」というオリエンテーション講義で聞いてきた内容について、思い出しながら書きたいと思います。

ニューヘイブンは、1641年以降、Nine Square Plan という、ニューヘイブン・グリーンを中心とする9つの正方形計画(西はHigh Streetから東はChurch Streetまで)から街が発展していきました。

コネチカットの上院議員だったJames Hillhouseがニューヘイブンの街づくりに貢献したそうです。(実際、Hillhouse Avenueという道は、彼の名前から取っているそうです。)James HillhouseがElm tree(ハルニレの木)を沢山植え(アメリカで初めて公の植樹計画でした)、当時は、ニューヘイブンがElm City(エルムの街)と言われていたほどだったらしいです。その後、オランダエルム病(かぶとむしによる)によって、殆どのエルムの木が病気になったようですが、近年になって病気抵抗力のあるエルムの木が植えられました。現在、Public LibraryがあるElm Streetという道はそこから来ているそうです。James Hillhouseは、1832年に亡くなりましたが、彼がつくったGrove Street Cemeteryに埋葬されているそうです。

1852年には、ニューヘイブンは、南ニューイングランド地方で、最大の港だったようです。Long Wharfと呼ばれているところ(現在のIKEAがあるところ)は、当時は、最長のwharfだったようです。IKEAに行くと、海のにおいがするというのですが、今度確かめてみたいと思います。

ニューヘイブンはその後、栄え、1870年代には、Wooster Squareに当時全米最大の時計の工場もあったそうです。また、1965年には、ダウンタウンのChurch StreetにデパートのMacy'sもあったようですが、20-30年で閉鎖されてしまったようです。(今も、同じ場所にあったら便利だったのに、と残念です。)
今では、特に産業もなくなり、米国の中でも貧しい、治安の悪い街になってしまいました。(ダウンタウンでは、強盗が頻発しています。)

今では、ニューヘイブンというと、イェール大学位しかありませんが、教授が、「イェール大学がニューヨークとかカリフォルニアとかフロリダ等、別のところにあったらまた様子が変わっていただろう(つまり周りのレジャーの誘惑がないということを意味している)。この小さな街で少人数で一緒に勉強するからみんな仲良くなれていいのだ!」と言っていたのが、印象的です。

ニューヘイブンはアメリカの縮図とも言われていますが、様々な人種がいます。
York StreetとChapel Streetの角に立ち、東、西とみると、人種のるつぼだということが分かるそうです。エリアやストリートによって、住んでいる人種が違います。面白かったのは、ロースクールの学生がどのあたりに住んでいるかという点グラフが紹介されましたが、その作成者は、日本人のMasato Hayakawa氏(97-98)ということです。

ニューヘイブンの歴史(英語)の詳細はこちらにあります:http://www.cityofnewhaven.com/Mayor/History_New_Haven.asp

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